大宰府天満宮と梅の花

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福岡で梅の名所と言えば、大宰府天満宮ということで、梅のお花見に行ってきました。
今年も大宰府天満宮では、春の光を呼び込むような美しい梅の花が咲いていました。
この時期限定の貴重なお花見です。

太宰府天満宮の名物と言えば「梅ヶ枝餅」。参道には、梅が枝餅を販売するお店が複数のあります。
表面がカリッとしたもや、もちっとしたものなど、お店によって特徴があるのでぜひ食べ比べてみて下さい。

太宰府天満宮は、「学問の神様」として菅原道真公(すがわらのみちざねこう)がおまつりされていることで有名ですが、菅原道真公はなぜ「学問の神様」になったのか、また太宰府天満宮が梅の花の名所になったのはどうしてなのでしょうか。その生涯に思いをはせてみました。

菅原道真公(すがわらのみちざねこう)は、類にまれなる才能の持ち主で、わずか5歳で和歌をよむなど神童と言われていました。

~幼年期につくったといわれる漢詩~
月の輝は 晴れたる雪の如し
梅の花は照れ星に似たり
隣れむべし 金鏡転じ
庭上に玉房の馨れることを

※ 今夜の月の光は、雪にお日さまがあたった時のように明るく、その中で梅の花は、
きらきらと輝く星のようだ。
なんて素晴らしいのだろう。
空には月が輝き、この庭では梅の花のよい香りが満ちているのは。

情景が浮かび、梅の花の香りがしてきそうな美しい漢詩です。完成度の高さは、幼年期とは思えないほどですね。

青年期には、さらに勉学に励み、学者としての最高位であった文章博士(もんじょうはかせ)となりました。
学問だけではなく、弓も百発百中の腕前でまさに文武両道(ぶんぶりょうどう)だったのです。

働きざかりの壮年期(そうねんき)には、讃岐国(さぬきのくに・・・現在の香川県)の長官として赴任し疲弊(ひへい)した国をたてなおし、住民に大変慕われていました。
その後、道真公(みちざねこう)は、ついに右大臣までの登りつめましたのです。
また、梅の花が好きだったようで、邸宅は「白梅御殿」、別邸は「紅梅御所」と呼ばれるほどでした。

しかし、その栄華も、身に覚えのない罪よって一遍し、家族との十分な分かれもゆるされないまま、
太宰府に左遷(させん)されてしまったのです。

~京都を離れる際に詠まれた和歌~

『東風吹かば
匂ひおこせよ 梅の花
あるじなしとて 春な忘れそ』
※春風が吹いたら、香りをその風に託して大宰府まで届けてくれ、梅の花よ。
主人である私がいないからといって、春をわすれてはならないぞ。


太宰府に左遷された、道真公を慕って都から大宰府へ一夜にして飛んでいたといわれている、
御神木「飛梅」も咲いていました。


晩年期、大宰府では、衣食もままならない生活でしたが、国家の平安と自身の潔白をひたすら天にお祈りしながら、延喜(えんぎ)3年(903)2月25日にその生涯を閉じました。

その後、無実が証明された道真公(みちざねこう)は、人から神様の御位(みくらい)に昇られました。そして、ここ太宰府天満宮で「学問の神」・「至誠(しせい)の神」としてまつられました。


太宰府天満宮には、道真公(みちざねこう)が愛した梅の木々が植えられ(約2,000種、約6,000本)梅の名所となりました。毎年春には、梅の花が咲き誇り、梅御所と呼ばれていた京都の邸宅を思わせます。

生前、多くの人に慕われた道真公(みちざねこう)は、今では神様となって多くの人々の信仰を集めているのです。

 

【周辺のオススメ施設】
太宰府天満宮の参拝と一緒にオススメしいたいのが、「九州国立博物館」です。
太宰府天満宮から徒歩9分。


九州国立博物館に向かうレインボーエスカレーターも見どころ。


エスカレーターから出てすぐ見えてくる、自然の中にたたずむ美しい建物が、九州国立博物館です。
名画や貴重な文化遺産など色々な展示が行われています。なかなかお目にかかれないものも多いのでぜひ足をのばしてみてください。

外にはテーブルや椅子もあるので、お天気のいい日は景色あおながめながらゆっくりするのもいいかも。

 

 

 

 

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